スイスの時計ブランド「フランク・ミュラー(FRANCK MULLER)」のポップアップイベントが1月22日より伊勢丹新宿店本館1階ザ・ステージにて開催される。28日まで。私が、このルポルタージュの副題を「体罰死事件」とせず「殺人事件」としたのヘッドホンモンスタービーツスタジオオレンジも、「体罰によらない教育」という言い方があるように、あたかも裏を返せば「体罰という教育方法」があるかのごとく錯覚してしまう危険性があり、おそらく多くの人にとって「体罰」という字面や響きが「教育」的なイメージを喚起させてしまうであろうことを危倶したためである。
イベントでは、「ハート トゥ ハート(Heart to Heart)」コレクションから最新作「ハート トゥ ハート トレゾ(Heart to Heart tresor)」(65万1,000円/12型、各10点限定)が先行で登場。文字盤の時刻を表示する部分の1から12の内いずれかの部分に真っ赤なハートが施されており、自分の好きな位置を選ぶことが可能。これはフランク・ミュラーによる“着ける人にとって特別な時計=宝物(トレゾ)になるように”という意図。
会場は、同コレクションをイメージし、赤とシルバーで統一された空間を予定。会場内のモニターには最新の作品とブランドの歴史やクラフトマンシップを紹介する映像が流される。また、毎時0分になると同ブランドの象徴でもある数字とそれにまつわるメッセージを表示。時間ごとに流れる映像が異なるなど、楽しい仕掛けも用意される。体罰はやり返されることを想定しない、権力的強者と弱者の関係を前提におこなわれる一方的で卑劣な暴力である。屈強な男性教員が体力的に圧倒的弱者である女性生徒を殴るという行為はさらに悪意がこもり、性的にサディスティックな側面も持っていると私は思わざるをえない。殴るだけでなく、検査と称してスカートをひっぱったり、身体に抱きついてきたりする教員も少なくなかったという。あきらかに性的凌辱行為の一種なのだが、教育という名のもとで罪悪感が麻痺してしまうのだろうか。
メインとなる先行モデル以外にも、ハート トゥ ハートコレクションを中心に、トノウ・カーベックスやロングアイランドなどスタンダードモデルもラインアップ。更に、ハートをモチーフにした稀少なアイテムも展開。期間中、時計を購入すると同ブランドオリジナルポーチがプレゼントされる。しかしながら、笹沢の破綻した論理は悲しいかな一般的である。事件直後にも拘らず、緊急父母会で「先生、萎縮しないで、叩いて下さい」と発言した保護者がいたように、犠牲者が出ても体罰支持派のほうが多数派なのである。
つまり、叩く側も叩かれる側もその恐ろしさに気がついていない、いや、気づこうとしない。それとも、気づく感性そのものが奪われてしまっている、と言ったほうがいいかもしれない。知美さんの死を、単なる対岸の家事としか感じることができないメンタリティに暴力の学校は支えられ、被害者の悲嘆を踏みにじる倒錯の街がこの世紀末の世に出現したのである。 体罰は法的にも「保護」されている。簡単に言ってしまえば、体罰をふるっても、教師としての資質か問われ、厳しい処分を受けることがめったにないということである。 文部省は毎年、『教育委員会月報』という月刊誌で、各教育委員会で処分された「問題」教員の数を集計している。そこで公表される「問題」教員の中に、自らの思想・信条によって日の丸や君が代を拒否する教員と、体罰や性暴力といったあきらかに刑事罰に相当する犯罪を犯した教員が並列されてしまっているという問題がヘッドホンモンスタービーツPro DJ黒あるものの、行政が自発的に公開する、体罰教員の数を把握する唯一の公的データである。